目の前にいる一つのボタン
私の目の前に一つのボタンが鎮座している。そしてボタンは言う「私はこの前、貴方に助けてもらった者です。僅かばかりですがお返しなどを持ってきましたので、是非ともお収めくだされば…」などと。
事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、実際に小説と大差ないことはチョクチョク起こる。この人生というものが生きるに値するかどうかはまだ経験をさして積んでいない若輩者故に、その判断は保留中である。しかし、とりあえず人生は面白い。これだけは薄ぼんやりとはしているが確信めいたものをたまに感じる。まあ極たまにではあるが。
ボタンを助ける?…イミガワカラナイヨ
ボタンを助けるってどういう状況だ?廃品回収BOXに出す間際にボタンだけ引きちぎってどこかに保管でもしてたっけ?なんで私はそんな狂人めいたことをしなければいけないのか本当に意味が分からない。
考えあぐねていると、ボタンは察して状況を説明する。ボタンのくせにだ。
「実は私、先日転生したんです。だから貴方に助けて貰った頃とは見た目も大分変わっておりまして…」
なるほど、転生したのか。だからボタンに見覚えがなくても問題ない。腹落ち腹落ち。
「…白い犬。フワフワでクルクルでボワボワな白い犬のことを覚えているでしょうか?三丁目の公園の角の。名前はポチっていうんですが…」
なるほど、犬のポチから転生したからボタンなのか。ポチっとな、ってね。
「…ええ、私はそのポチが道の真ん中に粗相をして生まれ落ちた〇〇でありまして…」
なるほど、犬ではなく犬から零れ落ちた〇〇であったか。生命体でもないのに転生ってなんだ。
「…本当に恐怖でした。私もいつ仲間と同じようにグシャってなるのかと思ったら、もう本当に怖くて怖くて…」「…そんな私の想いが通じたのか、貴方は私を避けてくださって…」
なるほど、本人はまったく助けたつもりはないが、相手にとってみれば来世に記憶を持ち越すほどに感謝していたりする。世界ってのは無意識の善意でなんとか回っているのだ。
「…それでお礼を用意しておりますので、私の天面にあるボタンをポチっと押していただきたく…」
見知らぬ者にボタンを差し出されて、押してほしいと懇願された場合、押すべきか否か?
さて、どうしたものか。